現在、緑の相談所になっている場所に、モノレール手柄山駅があり、地上部に当時の駅舎は残っていません。
 その当時の貴重な写真をHPを見て頂いた皆様より頂きましたので公開致します。


 今とは全く違う当時の駅舎の写真です。駅舎の上には展望台があり姫路市街を一望出来たようです。この展望台も今は跡形もありません。

 昭和58年8月撮影。飛田様より御提供頂きました。ありがとうございます。 
 看板には「モノレール手柄山駅」と表示があります。この写真は昭和58年8月撮影ですから、廃止となった昭和54年1月以降も何年かは、姿を変えずに残っていたという事です。
 写真に写っている、女の子とその母親と思われる方がとても印象的で、古き良き時代を感じます。

 昭和58年8月撮影。飛田様より御提供頂きました。ありがとうございます。
 手柄山駅を違う角度で撮影された写真です。現在とは大きく異なり、写真下部には現在、花壇となっているところにローラースケート場が写っています。
 ここでもう一度注意深く写真を見てください。アーチ状のその下、ローラースケート場の上に錆びた細長い物が写っています。
 これは、手柄山駅の桁交換設備です。

昭和58年8月撮影。飛田様より御提供頂きました。ありがとうございます。
 上の写真部分の角度を変え上から撮影されたものです。
 写真中央右にはローラースケート場の観客席見えます。そして、中央には手柄山駅の桁交換設備。一日の業務を終えた車両が左のレールをまっすぐ進み、コンクリート部で停止。鉄部の桁が動き右の桁がコンクリートの桁に接続後、バックで車両整備や保管の為の線へ入っていきました。
 桁の切り替えを操作を行ったと思われる窓が今も残っています。
 
 
昭和58年8月撮影。飛田様より御提供頂きました。ありがとうございます。
 展望台から姫路駅(姫路城)方向を撮影された写真です。水族館の形は現在と違うものの、写真中央部左のヤシの木の形のような休憩場は今も当時のままです。

昭和58年8月撮影。飛田様より御提供頂きました。ありがとうございます。
 73年手柄山遠景。今は無き展望台の建物が写っています。このページの上から2枚目の写真を見て頂けると屋根の形状が同じで分かります。
 手前に手柄山小学校らしき学校が見えます。
 
 
高砂市にお住まいのM様より御提供頂きました。ありがとうございます。
 73年の手柄山公園。写真手前の階段部分は変わってしまっていますが、塔は現在も残っています。画像はこちら

高砂市にお住まいのM様より御提供頂きました。ありがとうございます。
 手柄山駅の屋上から当時残っていた軌道を撮影した写真。この軌道はすでに撤去されていまい残っていません。
 ロッキード式モノレールの特徴であるコンクリート軌道上の鉄レールが良く分かる写真です。
 鉄車輪を用いて鉄レールを鋏み込む構造のロッキード式モノレールに対し、東京モノレールや大阪モノレールはゴム車輪でコンクリート軌道を鋏む構造で鉄のレールは要らないわけです。

 
エキスポタワー写真館様より御提供頂きました。ありがとうございます。
 

 


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